失ったものが帰ってくる喜び

ルカによる福音書１５章１〜１０節 　ルカによる福音書１５章には、主イエスが話をなさった３つのたとえ話が記されています。 　第１は、「見失った羊のたとえ」で、９９匹の羊と迷子になった１匹の羊のたとえです。このお話は、日曜学校でも教えられ、多くの人が知っています。 　第２は、「無くした銀貨のたとえ」です。そして、 　第３は、「放蕩息子のたとえ」です。 　今日の福音書では、この３つのたとえのうち、「見失った羊のたとえ」と「無くした銀貨のたとえ」が取り上げられています。 　この３つのたとえの内容を簡単にふり返ってみますと、 　第１にたとえは、「１００匹の羊を持っている人がいて、その１匹を見失ったとすれば、９９匹を野原に残して、見失った１匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』と言うであろう。 　第２のたとえは、「あるいは、ドラクメ(デナリオンと同じ)銀貨を １０枚持っている女がいて、その一枚を無くしたとすれば、ともし火をつけ、家を掃き、見つけるまで念を入れて捜さないだろうか。そして、見つけたら、友達や近所の女たちを呼び集めて、『無くした銀貨を見つけましたから、一緒に喜んでください』と言うであろう。」 　第３のたとえは、今日の福音書には読まれていませんが、 　「ある人に息子が２人いた。弟が父親に、『お父さん、わたしが貰うことになっている財産を今から分けてください』と言って、財産を分けてもらって、それを持って家を飛び出した。遠い国に出て行って、そこで放蕩の限りを尽くして、財産を全部遣い尽くしてしまった。食べる物にも困り、誰も助けてくれなくなった時に、この弟は、はっとわれに返り、『わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください』言ってあやまろうと、父親のもとに帰って行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、走り寄っ抱きしめた。息子は『お父さん、わたしはもう息子と呼ばれる資格はありません』と言ってあやまった。しかし、父親は僕たちに言った。『急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。それから、肥えた子牛を連れて来て屠りなさい。食べて祝おう。この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。』そして、祝宴を始めた。」というたとえです。 　この３つのたとえには、共通のテーマがあります。それは、「なくなったものが見つかった」、「いなくなったものが返ってきた」ということです。そしてそれを探していた人、見つけ出した人には、大変な喜びがある、躍り上がって喜ぶということです。そして、主イエスは、神と私たちの関係もそのようなものですよ、居なくなった者が返ってきた、見えなくなったものが見つかった、飛び出して行った者が帰ってきた、その時には、神は大きな喜びをもって迎えてくださるということがテーマになっています。 　それでは、私たちが、神のところに帰る、神に見つけ出していただく、神に喜んでいただくとはどういうことでしょうか。はたして、このたとえは私たちに当てはまるのでしょうか。あまり関係ないことなのでしょうか。 　旧約聖書のいちばん最初、創世記のさらに最初に、創造物語があります。ここに有名なアダムとエバの物語があります。 　今から何千年も昔に書かれた神話物語ですが、この物語に人間とはこんなものですよという、聖書の人間観が語られています。 　少しだけ、このアダムとエバの物語を思い出していただきたいと思います。 　「神は、エデンの園を設け、自ら形づくった人アダムをそこに置かれました。主なる神は、美味しい実のなるあらゆる木を生えさせ、また園の中央には、命の木と善悪の知識の木を生えさせました。 　アダムとエバを、エデンの園に住まわせ、神は人に命じて言われました。「園のすべての木から取って食べなさい。ただし、善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう」と。 　ある時、蛇がエバの所に来て言いました。「園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのですか。」 エバは蛇に答えました。「わたしたちは園の木のどの果実を食べてもよいのです。でも、園の中央に生えている木の果実だけは、食べてはいけない、触れてもいけない、死んではいけないから、と神はおっしゃいました。」蛇はエバに「決して死ぬことはないでしょう。それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存じなのですよ」エバが見ると、その木はいかにも美味しそうで、目を引き付け、賢くなるように唆していました。女は実を取って食べ、一緒にいたアダムにも渡したので、アダムもこれを食べました。 　アダムとエバは、神の命令に背いたのです。 　すると、二人の目は開け、自分たちが裸であることを知り、二人はいちじくの葉をつづり合わせ、腰を覆い、お互いに自分の体を隠しました。さらに、そのあと、神が園の中を歩く音が聞こえてきました。アダムとエバは、思わず神の顔を避けて、園の木の間に隠れました。神の声が聞こえました。「どこにいるのか」と、アダムを呼ばれました。アダムは「あなたの足音が園の中に聞こえたので、恐ろしくなり、隠れています。わたしは裸ですから。」神は言われた。「お前が裸であることをどうして知ったのか。取って食べるなと命じた木から食べたのか。」アダムは答えました。「あなたがわたしと共にいるようにしてくださったこのエバが、木から取って与えたので、食べました。」主なる神は女に向かって言われた。「何ということをしたのか。」エバは答えました。「蛇が私をだまして食べろと言いましたから、食べてしまいました。」 　この物語は、古代の人びとが長い時代語り継ぎ、そして３千年ほど昔に文章に書かれた神話です。 　子どものおとぎ話のようなお話ですが、しかし、ここに「人間とはこういうもにですよ」「神と人間の関係はこんなものですよ」ということが見事に描かれています。どんなに文明が進んでも、科学が発達しても、世の中が便利になっても、私たち人間の中身、人間の本質は少しも変わっていません。 　私たちは、神によって造られました。神によって、この世に命が与えられました。人間として生まれさせられました。 　その人間に、神は、もっとも大切なものとして「自由」をお与えになりました。聖書の創造物語には、「自由」というような難しい抽象的な言葉は出てきません。しかし、大切なことを言っています。 　「どの木からでも実を取って食べてもよろしい。しかし、園の中央にある、この木の実を取って食べてはいけません」と。 　自由というのは、二つ以上の道や方法があって、自分の意志でどちらかを選ぶことができるという状態のことです。行くか行かないか、取るか取らないか、食べるか食べないか、どちらかを選ぶことができる状態にあって自分の意志で決めることができるということです。 　ここに自由があります。神は、アダムとエバに、どの木から取って食べてもよろしい。しかし、この木からは取って食べてはいけないという木を置かれました。どれから取って食べてもよいというのは、選択の自由を与えたということです。ただ、放任するのではなく、これからは「食べてはならない」とお命じになりました。どれも同じように取ることができる状態にして、神は神の意志を伝えたのです。 　しかし、アダムとエバは、与えられたその自由を使った結果、蛇の誘惑に乗って、神の命令、神の意志に背くという方の道を選んでしまったのです。 　ここに私たちの姿があります。私たちが、生きるということ、毎日の生活をするということは、いつも何か選び、何かを決断しています。朝、目が覚めて、起きるか起きないか、顔を洗うか洗わないか、食べるかたべないか、行くか行かないか等々、選択の連続です。与えられただいじな自由を使って生きています。 　そして、その結果、何が正しいのか正しくないのか、善いのか善くないのか、為すべきか為すべきでないのか、頭ではわかっていながら、その逆のことを選んでしまっていることが多いのです。誘惑に負け、神の意志に背く、神に背を向け、神以外のものを神としてしまうというようなことを繰り返しまいます。 　ふらふらと迷い出たり、何かに隠れて見えなくなったり、自分で飛び出したりしています。私たち一人ひとりは、アダムであり、エバであり、迷いだした羊であり、無くなった銀貨であり、父の所を飛び出した放蕩息子なのです。 　しかし、そのような、神によって与えられた自由を使ったあげく、迷いだした私たちを、何かにはばまれて見えなくなった私たちを、勝手なことを言って好き放題なことをして飛び出してしまっている私たちを、神は、探しだし、見つけだし、そして待っていてくださいます。そして、見つけだされた時には、帰って来たときには、こんなに喜んで迎えてくださる。抱き留めてくださるという、神の喜びが、神のゆるしが、神の愛が、ここに語られています。 　神は、私たちに、いつも、神の歩く足音を聞いて隠れたアダムとエバに問われたように「どこのいるのか」と問われ続けます。神の意志に背いているときは、神がこわくて、神を見たくありません。しかし、どこに隠れていてもどんなに隠れても、神は「どこにいるのか」とたずねてこられます。 　神は、私たちに、強制ではなく自由を与えてくださった。しかし、私たちはその自由を間違って使っています。そのような神に背いた私たちに、そのような私たちのために、神はひとり子を遣わして、もう一度、帰ってこいて招いてくださっているのです。 　この３つのたとえ話は、徴税人や罪人が大勢、主イエスの話を聞こうとして近寄ってきことから始まります。その様子を見たファリサイ派、律法学者たちが、「この人は罪人たちを迎えて、食事まで一緒にしている」と不平を言いました。 　ファリサイ派、律法学者とは、自分たちは、よく律法を守っている、自分たちこそ正しいと言い張っているいる人たちです。主イエスのたとえでいいますと、１００匹の羊のうちの９９匹の羊、１０枚の銀貨の中の９枚の銀貨、二人の兄弟のうちの兄の方の立場にいます。 　彼らは十分に保護され、充たされ、与えられています。 　神の喜びは、どこにあるのでしょうか。 　ファリサイ派や律法学舎たちは、迷い出た者、失われた者、飛び出して行った者、彼らは罰せられて当然、罪人なのだから滅びてあたりまえだ、不幸になって当然だと思っています。ですから、主イエスの罪人といわれる人たちと食事を共にしている姿を見て、主イエスを非難し、不平を言いました。 　しかし、神の喜びは、神に背き、失われた者、群れから離れた者が帰ってきたというところにあります。何にもまして神は彼らが帰ってきたことを喜ばれます。喜んでくださいます。神と私たちとの関係はそのような関係だといいます。 　「ファリサイ派の人々やその派の律法学者たちはつぶやいて、イエスの弟子たちに言った。「なぜ、あなたたちは、徴税人や罪人などと一緒に飲んだり食べたりするのか。」イエスはお答えになった。「医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである。」（ルカ5:30〜32） 　 〔2007年9月16日 聖霊降臨後第16主日(C-19)〕