キリストにおいて一つとなる
2009年07月19日
エフェソの信徒への手紙2:11〜22
毎年、8月が近づきますと、日本の国民は、「平和」ということに特別の関心を持つことになります。8月6日には、広島の原爆記念日、9日には、長崎の原爆記念日を迎え、そして、8月15日は、第二次世界大戦の終戦記念日を迎えます。その日から、64年が経ちますが、戦争を経験した人にも、戦争を知らない人にも、「平和」の大切さを思い起こさせる時であります。
今、世界に目を向けますと、各地に戦争状態にある国がいくつもあります。テロや民族間の内戦など、現在どれほどの紛争が起こっているのか数え切れないほどです。
人類の歴史が始まって以来、戦争や紛争は絶え間なく続き、人と人とが殺し合ってきました。世界中の人々が、誰もみんな平和を願い、世界中のすべての宗教者は、「平和」でありますようにと一生懸命祈っているのですが、未来永劫ほんとうにそんな時がくるのかと考え込んでしまいます。
さて、そのような、今日の「平和」の問題を頭に置きながら、エフェソの信徒への手紙、今日の使徒書から学んびたいと思います。 イエスさまの時代、イエスさまが住んでおられたイスラエルの国はどうだったかといいいますと、国を上げて大きく二つに分かれていました。
それは、伝統的にユダヤ人であることを誇っている人たちと、異邦人でした。
ユダヤ人は、自分たちはアブラハムの子孫であり、割礼という儀式を受けた者であり、律法を守る者であり、そして、神によって選ばれた者、神との契約により救われることが約束された者、「神に近い者」であると堅く信じていました。
彼らは、同じユダヤ人でも律法を守らない人、外国人、異邦人を罪人として軽蔑しました。とくに異邦人を神の恵みから排斥された「神に遠い民」と考えていました。一方、同じ土地に住みながら、このようにユダヤ人から軽蔑され差別されている異邦人は、そのことに反撥し対立しました。
単に民族的、政治的、経済的な理由による対立ではなく、まさに宗教的な対立でした。このような対立の渦の中に、主イエス現れ、人として住まわれたのでした。これがイエスさまの時代です。
一方、今日の使徒書のエフェソの信徒への手紙は、パウロが、かつて自分が滞在して伝道した小アジア地方のローマ皇帝に支配されるギリシャの港町、エフェソの教会の人々にあてて書かれた手紙です。イエスさまの時代から少し後の時代、そしてイスラエルからは遠く離れたギリシャという国にある教会ですが、この生まれたばかりの教会にも、同じようなユダヤ人と異邦人の対立という問題が渦巻いていました。
それは、ギリシャ人たちの街にディアスポラと呼ばれるユダヤ人が住んでいました。キリスト教は、先ずこのユダヤ人に伝えられました。いわゆる「ユダヤ人クリスチャン」がいました。そして、ユダヤ人から異邦人と呼ばれるギリシャ人にもキリスト教が伝えられ、「ギリシャ人クリスチャン」の人数が増えてきました。
エフェソ2章11節以下に「心に留めておきなさい。あなたがたは以前には肉によれば異邦人であり、いわゆる手による割礼を身に受けている人々からは、割礼のない者と呼ばれていました。また、そのころは、キリストとかかわりなく、イスラエルの民に属さず、約束を含む契約と関係なく、この世の中で希望を持たず、神を知らずに生きていました。」(11、12節) とあります。この「あなたがた」とは、このようなギリシャ人キリスト者に対して言っています。
「しかし、あなたがたは、以前は遠く離れていたが、今や、キリスト・イエスにおいて、キリストの血によって近い者となったのです。」(13節) 以前は「神から遠く離れていた者」でしたが、今は「神に近い者」となったのです。それは何によってかというと、「キリスト・イエスにおいて」、「キリストの血によって」そうなったのです、とパウロは言います。
「実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊されたのです。」(14節)
対立のあるところには平和はありません。そこには「敵意」という「隔ての壁」があって、心を通い合わせることができません。
現在の中東問題ですが、ご存じだと思いますが、イスラエルでは、ヨルダン川の西岸で巨大な壁の建設が進められています。全面コンクリートで高さ8メートル(これはかつてあったベルリンの壁の2倍の高さです)、建設予定730km。写真などを見ますと、現代の万里の長城というか、気味の悪いコンクリートの壁が延々と続いています。この壁(アパルトヘイト・ウオール)こそが、「敵意という隔ての壁」そのものです。イスラエル側が作った壁ですが、パレスチナ居住民を囲い込むような壁です。
聖書の舞台になっている聖地にこのような壁が設けられていることに、何とも言えない怒りと悲しみを感じます。
その壁をどんなに高くしても、どんなに長くしても、そこには平和はありませんし、ほんとうの安心もありません。キリストがお生まれになった地であり、十字架につけられた地ですが、今、現実に、そこには、キリストもなければ、キリストの血も受け入れられていないからです。そこにはほんとうの平和はありません。
パウロは言います。「十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。」
対立するものを和解させるために、和解者自身が十字架につけられたのだというのです。
ある人たちが喧嘩をしました。口論だけではおさまらず、実力行使、殴る蹴るの喧嘩になりました。そこへある人が仲裁に入りました。その時には、その仲裁者は、間に入って殴られたり蹴られたりしては困りますから、自分は安全地帯に置いて、調停に入ります。まあまあと言って納めて、両方から言い分を聞くでしょう。喧嘩の当事者は当然自分の主張を述べます。100%、自分の意見を通そうとします。しかし、そのままでは衝突して解決になりませんから、仲裁者は、それぞれに30%または40%ぐらいずつ折れることを求めます。折衷、妥協させるのです。喧嘩をしている当事者は、不承不承これを受け入れて、喧嘩をやめようということになります。しかし、両方とも満足しているわけではありません。30%、40%折れさせられているのですから、不満はくすぶったまま残ります。そして、仲裁者は自分自身何も傷ついていません。
これが、よくある、私たちの世間一般のの和解の方法です。
しかし、キリストによる和解は、対立する人、敵対する人の間に立って、和解を促す人ご自分が命を差し出しておられるのです。彼らのために血を流し、肉に傷を負っておられるのです。
ユダヤ人と異邦人が対立する中で、イエス・キリストの十字架は、ユダヤ人と異邦人の真ん中に立てられました。ユダヤ人たちは、イエスに向かって、「十字架につけろ」「十字架につけろ」と叫びました。そして、異邦人であるローマの兵隊は、イエスを十字架につけ、胸を槍で刺しました。ユダヤ人と異邦人が共にイエスを十字架につけ、刺し、殺したのです。主イエスを殺す時には、日頃いがみ合っている者同士が手を取り合って協力しました。
そして、その後で、自分たちが神の子を殺してしまったということに気がついたのです。仲裁者を殺してしまったことに気づきました。自分の姿に気づいたユダヤ人も、異邦人も、手を引っ込めたのです。はっとして自分のしていること、自分の姿に気づいたのです。「二つのものを一つにする」というほんとうの和解が、キリストの十字架を真ん中にして始めてもたらされたのです。
15節に、「こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、キリストはおいでになり、遠く離れているあなたがたにも、また、近くにいる人々にも、平和の福音を告げ知らせられました。」(15〜17)
言いかえれば、キリストによって「新しい人に造り上げられる」とは、十字架に架けてキリストを殺した自分に気づき、それによって自分自身の姿に気づくということです。十字架につけよと叫んでいる自分、キリストの胸に槍を刺している自分、そして、神の子を殺してしまったというハッとする自分が、「キリストによって新しい人」に造り上げられることなのです。
ただ、キリストの十字架が立てられたというだけで、そこに平和があるわけではありません。現に、今、イスラエルには、ますます強固な「敵意という隔ての壁」が立てられています。
だいじなことは、わたしたち一人一人の心の中に十字架が立てられているかどうかということです。それもただ十字架を眺めているだけでは平和はありません。和解のために来てくださった方を、仲裁者を「十字架につけろ」と叫んでいる自分、槍で、その方を突き刺している自分に気づかなければ、新しい人に造り上げられることはありません。そこにはほんとうの平和の実現はありません。
平和というのは、国と国の戦争、民族間の紛争だけをいうのではありません。私たちの人間関係、親子、兄弟、夫婦、嫁姑、友人との関係、教会での人間関係、近所の人々との関係、職場の関係、あらゆる人と人との関係の中に、平和を実現するために、キリストはおいでになり、平和の福音が告げ知らされているのです。
エフェソの教会がかかえているユダヤ人と異邦人の対立の問題を通して、和解と平和が迫られているとともに、そしてその前提として、私たちと神との和解があることを思い起こしながら私たちに宛てられた手紙として今日のみ言葉をしっかりと受け取りたいと思います。
〔2009年7月26日 聖霊降臨後第7主日(B年ー11)説教 上野聖ヨハネ教会〕