靴屋のマルチン
2009年11月15日
マタイ25:35、36、40
今日は、「子ども祝福式」ですから、おとなと子どもがいっしょに礼拝をしています。
子どものお話をしますから、おとなの皆さんも、今日は、子どもになって、一緒に聞いてください。
あるところに、マルチンさんというおじいさんがいました。
マルチンは、靴屋さんでした。マルチンの仕事場は、通りに面して窓があって、そこからは道を通る人たちがよく見えました。
マルチンさんは、朝から晩まで、トントン、トントンと靴をたたいたり、ギュ、ギュと、靴を縫ったり、毎日、一生懸命働いていました。マルチンさんが作った靴は、履きやすくって、丈夫で、長持ちするので、とっても評判がよく、町中の人から注文がくるので毎日、忙しく、トントン、ギュギュと靴を作っていました。
マルチンさんは、神さまのことがとっても好きで、イエスさまのことも大好きでした。今日もお仕事が終わって、晩ご飯を食べて、寝る前に、聖書を読んで、お祈りをしました。
「イエスさまにお会いしたいなあ。イエスさまって、どんな方なんだろうなあ。イエスさまが、お客さんで来てくださったら、とびっきりご馳走して、部屋を暖かくして、一生懸命お世話をするんだがなあ。」 マルチンさんは、そんなことを考えながら、もう一度お祈りをして、ベッドに入りました。そのうちにすやすやと眠ってしまいました。
「マルティン! マルティン!」
耳もとでだれかが呼んだような気がしました。夢心地で、「だれかな?」と言いました。
「マルチン! わたしだ。わたしだ。」
「あっ、イエスさまだ。」
「マルチン、明日、わたしはお前の所へ行くよ。だから、窓から外をよく見張っていておくれ。」
次の日は、とっても寒い日で、昨夜はたくさん雪が降ったらしく、雪が積もっていました。マルティンは寒さで震えながら起き上がり朝の支度をすませると、早くから仕事場に出て、仕事を始めました。 だけど、ゆうべ聞こえた声のことが気になってしかたがありません。「確かにイエスさまだった。今日は、来てくださると言ったけど、どんな服をきて、どんな顔をしているのだろう。そうだ。もしイエスさまが来て下さるのだったら、部屋を暖めておかなければ、ご馳走も一杯準備しておかなければ。」
マルチンさんは、ストーブに薪を一杯入れて、部屋を暖かくし、美味しくって暖かいシチューやサラダを作ってイエスさまが来られるのを待っていました。そして、トントン、ギュー、ギューと靴を作る仕事に取りかかりました。
昼前になって、目を上げて窓の外を見ると、雪が降っていて、みるみる雪が道路に積もっていきます。
顔見知りの雪かきのじいさんが、一生懸命雪をかいて道を空けていますが、なかなか追いつきません。年取った雪かきのじいさんは、何度も転びながら、雪をかき、疲れ切って壁にもたれて動けなくなっていました。
マルチンさんは、立ち上がって、扉を開け、雪かきのおじいさんに声をかけました。「さあ、うちへ入って、休んだらどうだ。茶を一杯入れるよ。」
雪かきのおじいさんは、やっと起き上がって、マルチンさんに助けられて部屋に入りました。
「さあ、もっとストーブの近くに寄って、からだを暖めたらいいよ。熱いお茶を入れるよ。なんなら熱いシチューがあるからこれを食べたら元気が出るよ」と言って、マルチンさんは、熱いお茶と暖かいシチューをすすめました。
雪かきのおじいさんは、「ありがとう。ありがとう」となんべんもお礼を言って、「これで体も温まったし、元気が出たよ」と言って、帰っていきました。
「イエスさまは、いつごろ来て下さるのだろうなあ」と、窓の外を気にしながら、トン、トン、ギュー、ギューと靴を作る仕事を続けていました。
昼からになって、窓から外を見ると、ひとりの女の人が、赤ちゃんを抱いて、雪の中で立っていました。よく見ると、女の人は、オーバーもショールも身につけず、薄い夏の洋服のままで、それでも赤ちゃんをしっかり抱いて、少しでも暖めようとしていました。
マルチンさんは、すぐに立ち上がって、扉を開け、表の通りに出て行って、女の人に声をかけました。
「奥さん、こんなに寒いのに、どうしてそんな所に立っていなさるのだね。ちょっと家に入って暖まっていきなさいよ。赤ちゃんも寒そうだから」と言いました。
赤ちゃんを抱いた女の人は、前掛けをつけ、眼鏡をかけたおじさんから声をかけられて、ちょっとびっくりしていましたが、言われるままに、マルチンさんの後について、家に入ってきました。
「さあ、そこの椅子におかけ。ストーブの近くに寄って暖まったら赤ちゃんにお乳を飲ませてやったらいいよ」と言いました。
すると女の人は、言いました。
「いえ、お乳が出ないのです。昨日から何にも食べていないものですから。」
マルチンさんは、それを聞いて、食卓のところから、お椀にシチューを一杯入れ、パンもとって、「さあ、たくさんお上がり。その間、赤ちゃんはわたしが抱いていてやるから」と言って赤ちゃんを受け取りました。赤ちゃんはずっと泣き続けていました。
その女の人は、シチューやパンを食べ終わると、自分の身の上話をしました。夫が、兵隊にとられたこと、子どもを抱えて働くところがないこと、家主さんのお情けでなんとか寝るところはあること、オーバーもショールもえ食べ物を買うために質屋に入れてしまったことなどを話しました。
マルチンさんは、オーバーとショールを質屋から出して、赤ちゃんをくるんであげなさいと言ってお金を渡し、パンを包んで持たせました。働く所が見つかるといいねえと言いました。赤ちゃんを抱いた女の人は、何度もお礼を言って帰って行きました。
もう、薄暗くなって、夕方になりました。トン、トン、ギュー、ギューと、マルチンさんは、仕事を続けていました。
今日も一日が終わったなあ、イエスさまはとうとう来て下さらなかったのかなあと思いながら、部屋のランプに灯を入れていました。
すると、バタバタと足音が聞こえて、突然、戸が開いて、一人の男の子が、マルチンさんの仕事場に飛び込んできました。そして、仕事場の隅に隠れました。
そのすぐあとで、また大きな足音が聞こえたと思うと、女の人が手に棒を持って飛び込んできました。
「ここに、子どもが逃げ込んできただろう。どこにかくれているんだい。ここに逃げてくるのを見たんだから。」
血相を変えて飛び込んできたのは、角の八百屋のおかみさんでした。マルチンさんは、びっくりして立ち上がり、おかみさんの後ろで戸を閉めながら訊きました。
「そんなに血相を変えて、いったい何があったんだい」
「あのガキが、うちの店先のリンゴをかっぱらったんだよ。あんなことをする子どもは、くせになるからお尻が腫れあがるぐらいひっぱたいてやらなくっちゃ」と、おかみさんは怒鳴りました。
部屋の隅で小さくなっている子供を見つけて、おかみさんは髪の毛を持って引きずりだしました。男の子は泣き出しました。
マルチンさんは、おかみさんに、まあ手を離して、子供の話を聞いてやりなさいよと言って、椅子に座らせました。
「どうして、リンゴを盗ったのだい? なんでそんなことをしたのだい」というと、「お腹をすかしてペこぺこなんだい。美味しそうなリンゴを見て思わず手に取ったんだよ」
「人のものを盗ることはいけないことだよ。さあ、あばさんにあやまりなさい。そして、もう二度とこんなことはしないと誓いなさい」とマルチンさんが言うと、子供は、泣きながらあやまりました。
マルチンさんは、八百屋のおばさんに、「こんなにあやまっているんだからゆるしておやりよ。そのリンゴのお金は、わたしが払うから」と言いました。
男の子に、お腹がすいているのだったら、これを食べてお行きと言って、残っていたシチューとパンを食べさせました。
男の子が、食卓でパンとシチューを食べている間、マルチンさんは、八百屋のおかみさんに言いました。
「わしらの考えだったら、たった一つのリンゴを盗ってもぜったいにゆるさないと言って棒でお尻を腫れ上がるほど叩くのだが、神さまの考えだったら、わしらの罪のためにはわしらはどうすればいいのかね?」
八百屋のおかみさんは黙ってしまいました。
八百屋のおかみさんは、自分の孫の話をして、最後には、この子供が孤児だと知って、店の使いっ走りでよければ雇ってやってもいいと言ってくれました。八百屋のおかみさんは、男の子の肩を抱いて帰って行きました。八百屋のおかみさんは、マルチンからリンゴの代金を受け取らないで帰って行きました。
すっかり暗くなって、一日が終わり、マルチンさんは仕事場を片付け、夕食を食べようと、お鍋をみると、イエスさまのために準備したシチューは全部なくなっていました。
いつものように、食卓に向かって聖書を開いて、寝る前のお祈りをしようとしました。
「イエスさまは、今日は来て下さるって約束して下さったのに、来て下さらなかったなあ。あれは、やっぱり夢だっただけなのかなあ。それにしても、今日は、一日、いろいろな人が来て不思議な日だったなあ」と、昨夜見た夢のことを思い出しました。
そのうちに、食卓に向かったまま、うとうととしてしまいました。
「マルチン、マルチン」と、昨夜の夢の中で聞いた同じ声が聞こえました。
「あっ、イエスさま。今日は、わたしの所へ来て下さるというので、待っていたのに、来てくださらなかったじゃないですか。部屋を暖かくして、美味しい、温かいシチューをご馳走しようと思っていっぱい準備していましたのに」と、マルチンは言いました。
すると、イエスさまの声が聞こえました。
「今日、わたしは、お前の所へ行ったよ。ちゃんと約束は守ったよ。ストーブの前で暖かくしてもらったし、シチューもパンもたくさんご馳走になったよ。おまえは、わたしがわからなかったのかね」と言い、雪かきのおじいさんの姿が現れ、赤ちゃんをつれた女の人の姿が現れ、リンゴをかっぱらった子どもと八百屋のおかみさんの姿が現れました。雪かきのおじいさんも、赤ちゃんを抱いた女の人も、リンゴをかっぱらった子どもと八百屋のおかみさんも、それぞれにっこり笑いました。
「これも、これも、これも、わたしだったのだよ」という声が聞こえた時、マルチンさんは、はっと目が覚めました。
この時、マルチンさんの心は喜びでいっぱいになりました。
マルチンさんは、あわてて眼鏡を掛け直して、聖書の続きを読みました。
「お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれた。」
(マタイ25:35、36)
「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。」(マタイ25:40)
マルチンさんは、ほんとうに自分のところに救い主が来られたのだということがわかり、「イエスさま、ありがとう」とお祈りしました。
(トルストイ民話集「人はなんで生きるか」中村白葉訳 岩波文庫 「愛のあるところに神あり」より)
〔2009年11月15日 聖霊降臨後第24主日(B-27)子ども祝福式 上野聖ヨハネ教会〕